光子のふるまいと世界に生じる意味について

科学の欠片

随分と遠い昔、と言っても私が4、5歳ぐらいの頃、

家にある本棚の中で一際目についた人物がアインシュタイン博士だった。

 

家に存在していた人物史の書籍のうち、

とても変わった発想や着想をする人物との印象があり、

何故そのような考えをするのかを理解できたらと思う

人物の一人でもあった。

 

その書籍には、「人と違う発想や着想をすることが、どれほどの価値を生むのか」

ということが書かれていて、その部分がとても魅力的に映っていた。

 

新しい発想や着想をする、斬新なアイデアを生み出すと言ったことは、

極めて難しいことだと今の私には分かるのだけれど、

そのような発想や着想がどのような思考から生み出されるのか、

そのことを理解できないかと模索するようになったのも、この時期から

だろうと思う。

 

今でも、多くの科学者が「世界の謎」を解き明かそうとしている。

 

その「謎の解明」にあたって、斬新なアイデアを生み出すとか、

新しい発想をするなどと言ったことは、とても重要なことであるらしい。

 

また、彼は「この世界に生じる意味」について、

とても真剣に考えている人でもあった。

 

故に、量子論における確率解釈に納得できず、

「光子のふるまい」について相対性理論の確立後、死の直前までの

約50年間、考え続けていたそうだ。

 

そうだったとしても、彼には答えが出せない問いであったという。

 

今、どのような問題が物理学の世界に存在し、

それをどのような形で研究しているのか、私に詳しく分かるわけではないけれど、

「世界に生じる意味そのものを、物理学の世界ではどのように扱っているか?」

ということが、私にはとても関心が向かうことでもある。

 

もし、この世界が、私たちの思っているものと全く違う仕方で

存在していることが解明されるなら、それは、とても驚くことであるに違いない。

 

そしていつの日か、私たちが生きているこの世界は

どのような世界で、どのような仕組みのもと構成されているのか、

そのことが誰にでも分かる仕方で理解できるようになれば良いなと、

そんなことを私は考えている。

 

タイトルとURLをコピーしました