丸や三角、四角など、
この世界に存在している形について考えてみる。
例えば、りんごの形は球に近い。
野球ボールやサッカーボールも、球に近い形をしている。
地球の形も極限的に見れば、球とみなせると思う。
もちろん、「地球は丸い」と私が見抜いたとかそんな話ではなく、
私の持ち得ている知識の上での話である。
また、コペルニクスやガリレオが地動説を唱えようと、
「地球上の法則」はどこでも変わらない。
もちろん、アリストテレスの力学体系が
否定されたとしても、「地球の動き方」が変わるわけではない。
さらに、私の持ち得ている知識では、
地球は太陽を公転しながら、自分自身は自転しているのだから、
その状態で物理法則がきちんと成立していると考えること自体、
とても困難である。
しかし、地球上のどこであったとしても、物理法則は成立する。
地球上のどこであったとしても、私たちは、
自分自身が地面に対して静止しているように感じるわけである。
故に、私たちは、コペルニクスやガリレオと違い、
「地球が動いていること」にさえ、気づけない。
話を、「形」に戻してみると、
この世界に存在している「形」とは、とても興味深く、面白い。
三角形は三角形だし、四角形は四角形の形をしている。
また、球は球だけれど、球の形として存在している地球は昔、
「世界そのもの」と思われていた。
私は、そのとても身近な「球の形」が、
世界の舞台としての「地球」と相似形なのには、
何か意味があるのかもしれない、と考えている。
宇宙が「もの」と同様のものとして
存在しているかについては、よくは分からない。
しかし、「宇宙は存在している」。
この時、仮に、「宇宙に形がある」とすれば、その宇宙の形は、
科学的な法則の発展と同じように、私たちの誰も気付けもしないような
仕方で、この世界の何処かにひっそりと存在しているかもしれない、
とも思う。
地球には地球の形があるように、
宇宙には宇宙の姿や形があるとするならば、
それはどのようなものだろうか?
私たちに果たして、それを見抜くことが出来るだろうか…?
