「ある人」が元気でやっているらしいと、
風の便りでこう届いた。
「私は、元気でやっています。あなたはお元気ですか?」、と。
私は、その便りに少し戸惑った。
あまりに唐突な便りだったし、
私はすっかり大人になってしまっているのだから。
私にとって、「ある人」が身近に存在していた時間というのは、
瞬きをするような一瞬、そんな一瞬だったのだから。
ただし、その便りは、日常の中で思い出すことのない些細な傷跡が、
私の心のうちに存在していると、私自身に知らせてもいた。
それは、もうすっかり忘れてしまっていた、ずっと昔の傷跡だと私は思っていた。
そして、考え込んでいた。
何故、今更こんな記憶がよみがえるのだろう、
何の理由があってこんな心の痛みが生じるのだろう、と。
私にとっての思い出とは、一体何だろうか…?
他愛のない言葉遊び、おぼつかない会話、古びた映画館の匂い。
寄せては引いてを繰り返す波のように、
少しずつ、少しずつ、忘れ去られていく微かな記憶の中、
彩りを帯びて鮮明に残っている思い出。
その思い出が、何故か色褪せないのは、
私がずっと、辛さや苦しさの中にいたからだろうか?
それとも、小さな温もりが存在している時間の中にいて、
とても楽しかったからだろうか?
だとするなら、私は、そのお返しとして何かしてあげられただろうか…。
もし、あの時間に戻ることができるなら、当時の私にこう伝えられないだろうか?
「誰かの幸せを願うより、自分自身の幸せを願うべきだよ」、と。
いずれにせよ、私の掌に今、「暖かさ」を感じるのは、
この道のりを歩んで積み上げてきた日常が、
この世界を眺めながら過ぎ去っていった時間と同じものではないと
教えてくれているから、かもしれない。
「気持ち」を言葉として表すことは、とても難しい。
私に伝わる想いや感情はたくさんあったはずなのに、
私が伝えたい想いや気持ちを隠してしまうから…。
もし、風が便りを運ぶなら、「ある人」にこう伝えてほしい。
「私は元気にしています。あなたもどうか、お元気で」、と。